はれのひ土曜のおひるすぎ

あしたがお休みで何も予定が入っていないくらい充実感のある寂しさ

仕事と遊びとどっちが大事なんだよ

もちろん大事なのは遊びに決まってる。遊ぶために仕事をするし、遊びの予定がなければ仕事のやる気は一気になくなる。なんならそのまま体調不良で早退してやる。それだけ俺にとっては仕事より遊びが大事だ。

だから仕事の合間をぬって遊びのことを考える。社会人になってからというもの、遊べるのは休みの週末だけだ。その大事な休みをゴロゴロして過ごすなんて正気の沙汰ではない。仕事以外の時間は自分が自分のために使える一番価値のある時間なんだ。

じゃあその価値のある時間をどうやって使っているか。そう時間は使うものだ、消費するものではない。それを考えると好きなことで生きていくとか言っているYoutuberの皆様方がうらやましくてたまらない。一日中遊んでて金がもらえるんだからね。俺はそんな発想力ないからできない。まぁそれはいまはいい。

なんでこんなこと書いているかというと周りに休日は寝て過ごす、とか昼過ぎまで寝て午後は家でDVD見るとかそんな感じの過ごし方があまりにも多いんだ。体を動かす仕事ならまだ救いはあるけど、デスクワークの仕事についているやつが週末にごろごろしてたらそりゃぁ

「30過ぎたら一気に太るよ」

とかいう言葉も流行るわけだよ。この言葉はよく耳にするけど30過ぎてしばらくする俺は一向に太る気配がない。なぜなら体を動かすし食事はとりすぎないし酒は飲まないから太る要素がないんだ。30過ぎたら太るっていうのはゴロゴロしてインスタに食べ物とか酒の画像ばっか挙げてる楽しみのない連中のための言葉なんだ。仕事終わりとか週末に体動かして遊んだら太るわけがない。健康そのものじゃんか。

そういったもったいない過ごし方する奴はたぶん「休日は日ごろの仕事の疲れをいやす日」なんだと思うんだ。そんな考えで過ごしてたら大切な休日は仕事様のための体力を回復させるためにしっかりと休む。遊ぶなんてとんでもない。そういう考えになるのも仕方ないと思う。

さて、最初に書いた「仕事と遊びとどっちが大事なんだ」これに対して遊びと答えておきながら休日に休んでるやつは口先だけの仕事が大事な人間だからね。遊びが大事だと考えるやつは仕事中いかにさぼるかを考え、次の遊びは何にしようかに脳を働かせ遊ぶために働く。そうだろ。「なに当たり前のこと言ってんだ」っていってるやつは本当に仕事より遊びが好きなやつだ。そういうやつは仕事できなくても職場の空気が明るくなるからなんだかんだ待遇もよくなるもんだ。だから遊びを生活の中心に早く持ってこよう。

て話を休日にごろごろしている同僚に話したら休憩時間だからってって話の途中で寝ちまいやがった。午後の仕事のために体力を温存するらしい。

十八番をオハコと読んだ柳亭種彦を想いながら

今週のお題「カラオケの十八番」

さて、カラオケが大っ嫌いでカラ鉄やらカラ館やらの看板をみるだけで嫌気の波が津波ってくるこの俺にカラオケの十八番を語らせるとどうなるか思い知るがいいさ。大したことないから読んでるときの顔は嘘でも深刻な表情を意識して作ってくれると助かる。

俺が歌を歌う世界に飛び込んだのはもう19年前になる。あのころは嵐やらEXILEやらが話題に取り上げられることが多くて俺が歌うアメリカンフォークミュージックは見向きもされなかったしカビ臭い視線で見られることがほとんどだった。それでもライブハウスに呼ばれないこともなかったし自分で企画すればそれなりにバンドは集まってくれたから歌で生きていること自体に喜びを感じていた。金が欲しくないかといえば欲しかったし印税に生活を支えられる生活にも憧れはあった。でも一方で”金に汚れていない”自分に酔っていた部分もあると思う。

「フォークが売れる時代ではない」

そんな風に時代に責任を押し付けて世の中の楽な部分をつまみ食いする人生。それもいいもんじゃないか。これが4ピースのバンドだったらメンバの中から就職する人間が現れて自然消滅するという終わり方もあったかもしれない。実際に俺の周りではそうやって世の中に溶け込んでいくやつがいた。俺はそんな人間を「あきらめた人間」としてネガティブなイメージで眺めていたと思う。しかし10年ほど前だったか、そうやってシステムエンジニアに転向した友人に数年ぶりに会ったことがあった。彼はすでに妻子持ちの身分になり、ヤマアラシのようだった髪の毛は特徴のないショートヘアにデトックスされていた。

社会と自分との距離に寂しさを感じた結果、彼らは音楽を創る側から享受する側へと転向し、ビジネスマンという社会のマジョリティに溶け込んでいく。そして俺は特別な人間ではなくその中の一人だった。世間がせわしなく走り回っている中で同じような音楽しか創れない自分がそのときはなんだか成長のない自分のように感じた。人が好きな音楽は日々変化を続けているけど俺がやる音楽の順番は回ってこないしこれからも訪れそうにないようだ。

「俺もそろそろなのかな」

ヤマアラシの友人の変化によるショックが俺にそんな考えを持たせたのかもしれない。10年以上の付き合いになるMARTINのギターを持って数年ぶりにスタジオに入り、自分の十八番をCDに叩き込んだ。少ないながらも俺の歌を褒めてくれた人たちに一番評価が高かった曲だった。

これを最後にしよう。そんな決別の気持ちでデモテープとして送った俺の音楽はドラマティックな展開を迎えるわけでもなくそのままフェードアウトした。

ーーーーーーーーーーーー~ここで書くのに飽きた~ーーーーーーーーーーーー

「カラオケの十八番」というテーマでは普通は自分の大好きな持ち歌やら高得点を取得したことのある曲やらを紹介するんだろうけど、俺は違う。俺の歌唱力にかかわらず匿名性の高いインターネッツでは好き勝手言えるからだ。いくら暇だからとはいえギターもドラムも触ったことのない人間が音楽について話をすべきではなかった。そんな人間が書くからこんな簡単なホラ話もリアリティがなくなるんだ。